Skip to main content
投稿日2011年04月28日

「田中誠二郎様」 御逝去を悼む

平成23年4月21日 田中石灰工業株式会社 
会長 田中誠二郎様が享年76才で御逝去されました。

大変お世話になった田中会長のあまりにも突然の訃報に言葉もありません。
未だに信じがたい悲しいお知らせです。

エネルギッシュな普段のお姿から、病気とは無縁の田中会長だと
思っていました。
3年ほど前から闘病生活を送られていたそうです。
ご家族の懸命な看病と、ご自身の持つ強い気力で壮絶に病気と
闘っていることを、誰にも知らせず悟られないように日々を過ごされて
いたそうです。
電話やメールでもそんなご様子を微塵も感じさせないご対応でした。
何とも辛いお話です。

4月24日・25日の御葬儀には、全国から大変多くの政財界のお歴々が
田中会長との最後のお別れにご参列されていました。
生前の公私に渡る大いなるご活躍が偲ばれる荘厳な御葬儀でした。
皆様が突然のご逝去に驚きの言葉を発せられていました。

ご葬儀しめくくりの、ご長男 田中克也社長の気丈にもご立派なご挨拶の中で、
病に苦しむお父様の忘れられないお話をご披露されました。
「お世話になった病院のスタッフの皆さんに、ほとんどの患者さんは
病気に悩み苦しみ、ヤケを起こして家族や人に当たったり困らせたりするのに、
田中様はそのような言動は一切無く、静かに我慢強く病と闘っておられましたと
言われました。
良く頑張った父親を褒めてあげたいと思います。」
無念さ溢れるそのお言葉に、悲しみは如何ばかりかと察するばかりです。

語り尽くせないほどお世話になった田中会長との、
楽しかった一コマをご紹介させていただきます。

2005年秋、南イタリアを石灰文化の研修の為、レンタカーで巡った時の
スナップです。
カプリ島に向かう船のデッキでの一枚。
イタリアがとても似合うダンディーな田中会長です。

アルベロベッロの街を調査しました。

まるで御伽の国の世界にカメラのシャッターを切りまくる田中会長でした。

石灰製造メーカー MINERMIX社を訪ね情報交換が行われました。
田中石灰工業の訪問をとても喜ばれ大歓迎の中での楽しい
勉強会となりました。 
イタリアの人々は皆とても気さくで明るいんです。

代表者同士の意見交換は次元の高いもので、専門用語の応酬に
メモ書きが追いつかない状態です。
通訳の柏木氏もご苦労されていました。

田中会長、故濱田氏とのチームワークもよろしく活発なやりとりで、
お互いの工場について、その特徴や能力、製造技術のノウハウなど、
時間をかけて話し合い、今後も情報交換を行っていくことを約束して
閉会となりました。
会議終了後田中会長は、田中石灰工業の技術レベルの高さを
再認識したと語っておられました。
良いものつくりの誠心は世界共通のようです。

工事現場を見れば直ぐさま足を踏み入れ、材料のチェック!
職人さんに声を掛け施工の具合など聞き込みをする田中会長です。

カステル・デル・モンテでは、石灰石建造物の素晴らしさに感激された様子で、
時間をかけて調べておられました。

道すがら、子供達を見かければ声をかけて日伊文化交流を図ります。

そして一番のお楽しみは食事タイムです♪
健啖家の田中会長も美味しい食事とワインで笑顔全開!
全日程での朝・昼・夕食の全てが笑いに溢れ楽しさ溢れるパーフェクトな、
時間を過ごしたのでした。

青の洞窟のあるカプリ島に向かう船上での一枚です。

あれれ、いつの間にか船舶免許を持つ田中会長が代わって操縦!
船長も脱帽のテクニックで洞窟入り口まで快適なクルージングです。
そのお陰か小さなボートに乗り換えた後、青の洞窟も1回で進入成功。
もの凄く綺麗な青い光を放つ洞窟内を満喫出来ました。

国内では、
軟式テニス全国制覇、ゴルフは黒潮カントリー クラブチャンピョンと、
その他何をやっても一流プレーヤーの田中会長ですが、
フィッシングも本格派で、釣り上げたカツオやいなだを送っていただきました。

ある夏の晴れた日にプライベートボート(自家用漁船)に乗せていただきました。

いや~ カッコイイ 海の男です。

桂浜の周りをぶっ飛ばしてくれました。
早く走れるようエンジンを積み替えたそうです。
どこまでやるの会長、と思わず言った記憶があります。

あらゆる公式の場でも大変なご活躍ぶりでした。
これは、日本漆喰協会の作品賞表彰式で、会長として
賞を授与された時の様子です。
特に土佐漆喰に込めた思いは強く、その発展に向けたご尽力、ご功績は
語り継がれることでしょう。

田中石灰工業の女子社員の皆さんとのスナップです。
社員皆さんに好かれる、いつも元気な会長でした。

職人さんとのお付き合いも深い深いつながりを持っておられました。
石灰、漆喰の製造技術や品質管理に職人さんの意見を取り入れ、
良い製品作りに励んでおられました。

最後に、私の一番のお気に入りのワンショットです。
カプリ島のバルでジェラートを楽しむ田中会長です。
どうですかこの笑顔。

田中会長様には家内共々、公私に渡り大変お世話になりました。
石灰を通して語り尽くせないほど沢山のことをご指導いただきました。
そして何事にも常に前向きなオーナーの姿勢と行動力を拝見していて、
どれほど感動とエネルギーをいただいたことか。
田中会長様なくして、今日の私と会社はなかったと思います。
良き師匠としてお導きいただきましたこと、心から感謝申し上げます。
ご意志を引き継ぎ漆喰の普及のため精進してまいります。
どうか今後も天国から見守っていて下さい。

もう一度一緒にイタリアへ行けることを楽しみにしていたのですが・・・。
田中誠二郎様 ありがとうございました。
ご家族の皆様にお悔やみを申し上げますと共に、
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

土と石灰のソムリエ

冨澤 英一

富沢建材株式会社代表取締役。1953年東京都中野区生まれ。昭和26年に父が創業した建材店を2代目として継ぐ。顧客であった左官・故榎本新吉さんに幼少のころから可愛がられ、その縁で『左官教室』元編集長・小林澄夫さん、左官・久住章さん、全国各地で活躍する多くの名工、名人に出会う。以降、左官の技や自然素材に惹かれ、熱心に各地に足を運び、そこで産出する土や砂、石灰などの左官材料を集め、販売している。

関連雑記